摂食障害になって約20年経ちます。
ずっと治したいと思ってきましたが、治ることはありませんでした。
こうなってしまった自分を受け入れ、折り合いをつけながら今後も生きていかねばならないと覚悟しています。
摂食障害となったきっかけは、無理なダイエットでした。
痩せたら綺麗になれる、みんなの人気者になれる、自分に自信がつくなど、すべて私が求めている幸せが手に入ると思ったのです。
そのため、私の人生は体重が全てで、少しでも体重が減っていればハッピー。増えていたら外出する気も起きないくらい落ち込んでしまっていました。
体重を減らす努力をしている自分は、とっても頑張り屋さんでとっても素敵に思っていました。
しかし、摂食障害になってからは食事制限が頑張れなくなってしまいました。それでも、体重が自分の全てであることは変わりなく、周りからは痩せてると言われているし、BMIだって低いです。それでも、私は自分で自分を許せませんでした。
もうどうしようもない…そう思っていた時に出会った本があります。
別に断食をしたかった訳ではないのですが…(挫折済みなので)
なんとなく手に取り、読んでみる中で気になる点がありました。
小食で地球温暖化を防ぐことができるというのです。この本の中では、牛肉について触れていますが、肉を食べる、食べないに関わらず、食事はゴミを発生します。
コンビニで買ったお菓子やスーパーで買った缶詰だって、中身を食べたとたんに外袋はゴミへ変化します。
つまり、少し食べることを我慢すれば、少しゴミが減るのです。
自分が綺麗になりたい、人から注目されたい…自分の欲ばかり追求していた時は食欲が収まりませんでしたが、環境のためだと考えたら食欲が抑えられるようになりました。
そういえば…子どもの頃は自然が好きでした。子どもなりにエコマークの商品を買ったり、家族でステーキを食べに行ったときには「牛さんのため」と一番グラム数の小さいステーキを頼んでいました。
そのころの私は、周囲から「シャンプーのCMに出れるよ」と言われるほど髪が綺麗で、「お肌に傷一つない、白い肌」と肌質を褒められ、「東大に行けるよ」と言われたこともありました。男子からも好かれ、学級委員もやっていました。新しくできた友人の家に遊びにいくと、「あなたが友達になってくれて、とても嬉しいわ」と友人のお母さんに言われたことも。
ただし、周囲からの評価を得るために、努力していたことは何一つありませんでした。
ところが、です。
いつからでしょうか。気が付いたら、全てを失っていました。本当に失ってしまったのです。まるで、すくった水が両手から少しづつ落ちてしまうかのように。
水が落ちないように努力しても、落ちてしまうように…。
自然のため、牛さんのため、という意識はなくなっていました。ステーキだって、脂身は太るから赤身を食べる。綺麗になるために、と張り切ってはインターネットで海外のスーパーフードを取り寄せる。納豆が老化予防になると聞けば一気に数パック食べる始末。
世の中には、いろんな種類の人がいると思います。少し小麦を食べただけでアレルギー症状が出る人もいれば、卵でブツブツができてしまう人もいる。
私の種類は、自分の欲のために食事をすると、人生がうまくいかなくなってしまうようです。
食欲って難しいですが、昨日はコンビニでお菓子を買うのを我慢できました。お菓子買わなければ、ゴミも少し減るなと考えたら、我慢できたのです。
今年も暑い夏になりそうです。少しでも、温暖化を食い止めたいです。皆さんも一緒に、少しだけ小食にしてみませんか?
そして、今よりも素敵な未来が歩めますように。